私がいないキャンバス —— 「予備校の『異物』」
「予備校の『異物』」—— 真里視点
木炭に込めた力が、スケッチブックに吸い込まれていく。手元から木炭がスケッチブックを擦る乾いた微かな音が聞こえてくる。
用意されたモチーフ——石膏像のヴィーナスの頬の陰影を、私は父に教わった通りの手順で重ねていく。輪郭を正確に取り、光と影の境界を見極め、筆の含みを調整しながら一筆一筆丁寧に重ねる。
集中している時の私は、周囲のことなど何も気にならない。ただ目の前のモチーフと、手の中の筆と、そして完成形への道筋だけが存在する。これが私にとって最も自然な状態だ。
父がよく言っていた。「絵を描くときは、雑念を捨てろ。技術に身を委ねれば、必ず美しいものが生まれる」。その通りだった。私の手は迷うことなく動き、ヴィーナスの美しい面立ちがキャンパスの上に再現されていく。
しかし、不…

