雑文書きが日々思うこと。

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「スケッチ帳の女の子」—— 真里視点

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ゆきにー@雑文書き
Aug 09, 2025
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 手が、震えていた。

 まただ、絵筆を握る時に時々こんなふうになる。絵筆を握る右手を左手で押さえつけた。

 父が死んでから、もう何年になるだろう。だけど、筆を手にして和紙の前に座ると背中に父の視線を感じる。「篠塚の血を汚すな」「型を崩すな」「心を乱すな」。耳の奥で響く声は、聞こえるはずがないのに父の強い口調の言葉だった。

 放課後の美術室は無音。筆が和紙を擦る音だけが聞こえる。西陽が机を温かく照らし、空間には岩絵具の粉が舞っていた。今日描いているのは花鳥画。群青で彩られた鳥の羽根、朱で描かれた椿の花弁、金泥で縁取られた枝——全て父に教わった通りの筆法で、寸分の狂いもなく重ねていく。

 その時、柔らかな声が聞こえた。

「真里、お疲れさま」

 ほのかの声だった。振り返ると、彼女がいつものふんわりとした笑顔で入り口に立…

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